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11 それぞれの境界:KT境界

 平らな畑の先に、断崖絶壁があります。すとんと切ったような大地の切れ目が、あまりにも唐突にあります。断崖は数十メートルの落差があります。その断崖の先は、海です。そんな断崖に地球の大異変が記録されていました。


 デンマークは、スカンジナ半島にむかって突き出した形のユトランド半島といくつかの島からなっています。東にある大きな島、シェラン島には、首都のコペンハーゲンがあります。コペンハーゲンの南へ、車で2、3時間ほど走るとスティーブンクリント海岸というところがあります。

 スティーブンクリント海岸は、ささやかな観光地ですが、観光客がバスで乗りつけるようなところでもありません。ほとんど人の来ないひっそりとした観光地です。そこは、小さな教会が一つ、小さな博物館が一つ、レストランが一つだけの、ささやかなものです。

 私が訪れたのは、2000年7月の夏でした。2日間いたのですが、観光客はぽつりぽつりとしかみかけませんでした。スクールバスで、子供たちが乗りつけ、その周辺を散策して、断崖の下の海岸におりて、そんなに広くない海辺で遊んでいました。ここには、海岸におりるための階段が作られているのです。でも、泳ぐ人は、見当たりしません。もっとも、岩がごろごろした海岸なので、泳ぐことはできそうにありませんし、何といっても寒かったのです。ダイビングをする2人連れをみかけましたが、寒むそうでした。

 こんなとりたてて見るべきもののなさそうなところに、なぜ来たかというと、海岸へ降りるところにある1枚の色あせた看板が、その理由を物語っています。じつは、ここには、KT境界があるのです。

 KT境界とは、白亜紀と第三紀の時代境界、あるいは中生代と新生代の境界ともいえます。KT境界では、恐竜の絶滅が起こっています。その時代の境界は、各地にあるのですが、ここでみられる境界は明瞭で、だれもがその境界を簡単に見つけて、みることができます。

 境界の上下の地層は、チョークと呼ばれる白っぽい岩石からできていて、時代境界のところだけ、黒っぽい粘土からできています。ですから、色がはっきりと違うので、だれでも見分けられます。

 チョークは、黒板に字を書くチョークの原料で、かつては黒板用に本物の岩石が用いられていましたが、今ではチョークも工業的につくられています。チョークとは、日本語で、白亜(はくあ)とも呼ばれています。まさに白亜紀の白亜です。チョークは石灰質の泥が固まったものです。石灰質の泥とは、海の有孔虫やココリスなどの微生物の遺骸が海底にたまったものです。チョークは暖かい海でたまってできるものです。このような白亜の崖は、北アメリカ大陸やヨーロッパの大西洋岸に広がっています。

 でも考えると不思議なことです。時代境界の上下が同じ石なのに、時代境界だけが違う石でできているのです。つまり、白亜紀の終わりも第三紀の初めのころも、同じようなチョークがたまる暖かい海であったのが、白亜紀と第三紀の時代の境界だけが、違う石がたまる環境となったということです。つまり、何らかの環境変化があったということです。その環境変化によって、恐竜絶滅がおこったのです。

 では、その環境変化は、なぜ起こったのでしょうか。環境変化は、一般には、寒冷化や温暖化などの地球全体の気候変動、あるいは、プレートテクトニクスなどによって、大陸の位置や配置、地形が変わることによっておこります。しかし、そのような環境変化は、ある日突然訪れるのではなく、ゆっくりと何万年もかけて起こる変化です。そのようなゆっくりとした変化なら、多くの生物が絶滅したとしても、ある種類の生物はそんな環境の変化に対応して、進化していくものもでてくるはずです。でも、白亜紀末には、多くの生物が、突如として、姿を消したのです。つまり、この環境変化は、生物に進化する余裕もあたえず、おこったものだと考えられます。

 それは変化というのではなく、突如起こった異変ともいうべき、突然の出来事だったはずです。その異変は、隕石の衝突によるものだと考えられています。直径10kmほどの隕石が、中部アメリカのユカンタン半島に落ちたと考えられています。その時の事件のシナリオはいろいろなものが考えられていますが、概略としては次のようなものです。

 隕石がぶつかった直後は、ものすごい衝撃波や熱が走り抜けます。これは巨大な爆発と同じことが起こります。爆発によって、周辺の生き物は焼き尽くされてしまいます。しかし、その被害は爆心地周辺だけです。問題は、そのあとです。巨大津波、大気の上空まで舞上がる埃やすすなど、私たち人類が経験もしたことのない、想像を絶するような異変です。

 世界中の低地は津波に洗われます。なによりの問題は、大気上空に舞上がった埃やすすです。地表には光が届かないほど、多くの埃が成層圏に上がり、何年も落ちることなく、地表を真っ暗にします。光のないところでは、光合成をしていた植物は死に絶え、草食の生物は餌がなくなり死に、肉食の生物も死にます。そして、他の生物の死骸を分解していた生物も死にます。つまり、地球全体の生態系がつぶれてしまうのです。特に大型の恐竜のような生物は、絶滅してしまいます。また、海洋の微生物にもその影響は及びます。

 こんな大異変がチョークの間の粘土層には記録されています。粘土層ができたのは、チョークのもととなる海の生き物が死に絶えたからです。それまでも、粘土の成分の堆積はあったのですが、チョークの量の多さに隠れて、存在がわからなかったのが、チョークが堆積できなくなったことによって、粘土層として現れてきたのです。

 世界中のKT境界の地層を調べていくと、隕石から由来した粒や、イリジウムという地表の岩石にはほとんど含まれず隕石にはたくさんある元素や、衝撃でつぶされた鉱物、飛び散ったすすなどが含まれていることがわかってきました。これらは、すべて隕石の衝突を物語る証拠とされています。

 ところが、生き残った生物もいました。それが、私たちの祖先の哺乳類であり、粘土層より上のチョークを作った微生物であります。生物は弱さと強さの両面を持っています。ある過酷な環境が訪れた時、それに耐えられないものは絶滅し、それを耐えた生物は後に大繁栄できます。生き抜いた微生物は、やがて暖かい海で再びチョークを作れるほどに大繁栄しました。哺乳類も新生代には大繁栄し、KT境界の大絶滅を考えるような生物、ヒトが誕生しました。

 スティーブンクリント海岸の色あせた看板には、KT境界がここで見られるという説明があり、小さい博物館では、KT境界についての説明がされていました。観光客は小さな教会を訪れ、子供たちは海と陸の境界に遊びます。私は過ぎ去ったKTの時代境界に思いをはせました。

2003年11月1日
小出良幸

 

 

ASTER image
 画像-1 スティーブンクリント海岸の衛星画像
2003年10月17日観測のASTER/VNIR)
画像の拡大(jpegファイル2.0MB)

  2003年10月17日に観測されたASTER/VNIRの画像を合成して作成した擬似ナチュラルカラー画像です。この画像は、光の三原色の赤をASTERのバンド2に、緑をバンド1と3に、青をバンド1に割りあてて作成したものです。画像の左上と右下に雲がかかっています。雲の切れ間にみえる大地と海が、KT境界の見られる海岸線です。平らな大地には、畑がパッチワークのように並んでいます。右上の海岸線沿いの崖にKT境界があります。KT境界は、河岸沿いの崖にほぼ水平の地層としてあるため、衛星画像からうかがい知ることはできません。海と大地の境界にKT境界はあります。

 

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図-1 画像位置図

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写真-1 白亜の崖

  デンマークのスティーブンクリント海岸には、白い崖があります。潮が引いているときは、少しの陸地が顔を出します。チョークの海岸が延々と崖になっているのは、溶けやすく、侵食されやすい性質のためです。海岸線はつねに侵食を受けています。海岸の石もチョークからできていて溶けやすいために、それほど広くはありません。

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写真-2 海食

 波の作用によって崖が削られ、くぼんでいきます。海食が進み、くぼみが上にある岩の重さに耐えられなくなると、くずれます。くずれたあとは、切り立った崖になります。そんな海食の進んだ、いつ崩れるか知れないようなくぼみの奥にKT境界はありました。

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写真-3 KT境界の粘土層

  厚さ数センチメートルの粘土層があります。KT境界の粘土層は、チョークよりさらにくぼんでいます。これは、チョークより侵食に弱いためでしょう。人が近づきやすいところは、KT境界の石を取りたいためでしょうか、削ったあとがいたるところでみられます。ですから、余計にくぼんでいるのかも知れません。チョークと黒っぽい粘土層の間は、多少の凹凸がありますが、くっきりとした境界になっています。チョークを作った生物が、突然姿を消したということを感じ取ることができました。

 

画像-1についてはJSSに、写真-1〜3および文章に関しては札幌学院大学小出良幸に著作権(所有権)が帰属いたします。転用等の際はJSSの許可が必要です。


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