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05 酸素の誕生:地球史上最大の絶滅  

 前回は、鉄鉱石の起源について紹介しました。今回は、鉄鉱石の由来と大きくかかわっていた酸素について紹介しましょう。酸素も、不思議な由来をもっているのです。酸素が大量につくられた証拠は、カナダの極北の地にありました。 


 日ごろ何気なくすっている空気。ご存知のように、空気のなかには、酸素が含まれています。私たちは、空気中の酸素を吸い込み、利用し、酸素を二酸化炭素に変え、吐き出します。これが呼吸と呼ばれているものです。酸素を利用し、炭素を二酸化炭素にすることによってエネルギーとして利用することを、広い意味での呼吸と呼んでいます。広い意味での呼吸は、ほとんどの生物がおこなっている作用です。では、生物が吐き出した二酸化炭素は、どこに行き、生物が吸い込む酸素はどこから来るのでしょうか。

 教科書には、酸素は光合成をする生物がつくり、その光合成に二酸化炭素が利用されている、と説明されています。光合成では、二酸化炭素から取り出された炭素が、生物の体をつくる材料となります。

 光合成生物によって酸素がつくられているのなら、光合成生物がいなくなれば酸素がなくなるはずです。時間を遡れば、光合成をする生物が誕生することによって、酸素は生産されはじめ、それ以前は酸素のない世界だったわけです。ですから、光合成生物の誕生、あるいは光合成生物の大量発生の時期が、酸素の生成の時期となるはずです。

 光合成生物は、いったいいつごろ誕生したのでしょうか。その答えは、光合成生物の化石や痕跡を探すことによって見つけ出すことができます。

 約32億年前の地層から光合成をするシアノバクテリアの化石が発見されています。もっと古いものがあったとする説もありますが、今のところ研究者の合意を得ていません。多くの研究者が認めているのは、約32億年前のものです。

 約32億年前に最初の光合成生物が生まれ、約27億年前には、光合成生物が大量発生したと考えられています。なぜなら、約27億年前の地層からは、大量のシアノバクテリアの化石が見つかっているからです。

 その化石は、ストロマトライトとよばれる岩石からみつかっています。ストロマトライトは、上から見ると直径数10センチメートルの同心円状の形をしており、断面をみると高さ1メートル程度のマッシュルームのような形で、中には数ミリほどの幅の細かい縞模様が見えます。そのストロマトライトは、小さなシアノバクテリアがたくさん集まってつくりあげた構造なのです。ストロマトライトが地層の中に大量に含まれています。

 私は何箇所かでストロマトライトをみていますが、カナダ北西準州のグレート・スレイブ湖の東岸でみたものには圧倒されました。約20億年前の地層で、その中には大量のストロマトライトが含まれています。

 まさに累々という形容詞がふさわしいものです。マッシュルームのような形態のストロマトライトを含む地層が、延々と湖岸に続いてみられるのです。その湖岸には水上飛行機でいったのですが、上空からもその地層が累々と続いているのを見ることができました。

 前回の鉄鉱石は、海水中の酸素が増加することによって、鉄が沈殿したと説明しました。その酸素を生産したのが、ストロマトライトという化石になっているシアノバクテリアでした。大量の鉄鉱石と大量のストロマトライトができた時代は、呼応していたのです。

 地球の大気中に酸素を付け加えはじめたのは、シアノバクテリアでした。では、酸素が付け加えられる前の大気はどんなものだったでしょう。それは、もちろん酸素のない、二酸化炭素と窒素を主とする大気だったはずです。

 酸素のある大気は、酸素のない大気に比べると、生物にとっては大きな差となります。現在の生物は大部分は酸素を無毒化し、有効利用するシステムをもっています。それは細胞の中にあるミトコンドリアという器官のはたらきによっておこなわれています。

 酸素のない時代の生物にとって、酸素のある環境は、生きてはいけない環境だったはずです。酸素が細胞内に入れば、酸化によって体内の成分が分解されてしまいます。つまり、ミトコンドリアをもたない生物にとっては、酸素は猛毒として作用しました。

 20数億年前、シアノバクテリアよって、酸素が大量に生産されはじめると、その当時生きていた大部分の生物にとっては、とんでもない地球環境破壊がおこったのです。地球規模の酸素による汚染です。もちろん、汚染の行き着く先は、大絶滅です。多分、当時の生物の大半は絶滅したと思います。実態は定かではありませんが、地球史上最大の絶滅が起こったはずです。

 現在、地球環境問題が取りざたされています。でも、地球は、もっとすごい大激変を経験しているのです。そして、素晴らしいことに、そんな大激変も生きぬいたいくつかの種類の生物がいたのです。さらには、多くの生物を殺した猛毒の酸素を利用して、より効率のよいシステムをつくり上げた生物もいたのです。それは、もちろん、現在の生きている生物の、そして私たちの祖先であったのです。

2003年5月1日
小出良幸

ASTER image
画像-1 グレートスレイブ東部の衛星画像
(2000年11月2日観測のASTER/VNIR)

画像の拡大(jpegファイル2.8MB)

 フォールスカラーによるASTER衛星画像の1シーン全体(60km四方)で、グレートスレイブ東部ぺティ半島です。この画像は、赤をASTERバンド3 に、緑をバンド2に、青をバンド1に割りあてて作成したものです。地層の違いが、色の違 いとしてよく見えます。

ASTER image
画像-2 上の衛星画像の拡大
(2000年11月2日観測のASTER/VNIR)

画像の拡大(jpegファイル0.5MB)

 上で示した画像をストロマトライトの地層を中心に7km四方を拡大したものです。南部から赤と緑の部分(画像のAの部分)、緑が多く白の混じる細い縞模様の部分(画像のBの部分)、白が多く緑の混じる太い縞模様の部分(画像のCの部分)、緑と白で赤が時々混じる縞模様の部分(画像のDの部分)、赤っぽい部分(画像のEの部分)の5つの部分が見分けることができ ます。これは、岩石の種類と一致しています。Aは新しい時代(16〜10億年前)の火成岩(斑れい岩)で、Bはストロマトライトを含む苦灰岩の地層で、Cは石灰岩で、DはEに次い で古いストロマトライトを含む苦灰岩の地層で、Eはこの地域ではいちばん古い頁岩の地 層です。私が見たストロマトライトは、Dの部分にあたります。

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図-1 画像位置図


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写真-1 カナダ北西準州グレート・スレイブ湖東岸の地層

 湖岸沿いに、地層の崖があります。この地層の中にストロマトライトが含まれています。この地層は、巨大なグレート・スレイブ湖の東岸に、200kmほどにわたって延々と続きます。大量のストロマトライトが、約20億年前に形成されたことがわかります。

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写真-2 ストロマトライト

 丸いおわんを伏せたような不思議な模様の岩石が、ひとつのストロマトライトです。このような模様の岩石が累々と続いています。

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写真-3 ストロマトライトの水平断面

 ストロマトライトを水平に切った断面をみると、同心円状の模様がよく見えます。ストロマトライトとは、「同心円状の石」という意味です。この石をみていると、その名の意味がよくわかります。

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写真-4 ストロマトライトの垂直断面

 ストロマトライトを垂直に切った断面は、水平断面とはまったく違った不思議な模様をもっています。たくさんの垂直断面をみていくと、マッシュルームのような模様がいっぱい重なったものであることがわかります。

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写真-5 ストロマトライトの試料(垂直断面)

 ストロマトライトの試料(92×40mm)の断面をよくみると、細かい縞模様がいっぱい平行してあることがわかります。このひとつひとつの縞は、シアノバクテリアの成長によってできた一種の年輪、あるいは日輪のようなものだと考えられています。

 

画像-1〜2についてはJSSに、写真-1〜5および文章に関しては札幌学院大学小出良幸に著作権(所有権)が帰属いたします。転用等の際はJSSの許可が必要です。

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