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04 鉄と酸素と文明  

 私たちが日常的に使っている鉄。この鉄は、どこから来たのでしょうか。鉄鉱石からつくられているということは知っていても、その鉄鉱石がどんなところからとれ、鉄鉱石がどんな様子であり、鉄鉱石がどのようにしてできたかは、あまり知られていません。今回は鉄の産地をみていきましょう。そして、鉄鉱石が語る地球の歴史を紹介していきましょう。 


画像-1 ハマスレー鉱山周辺の衛星画像(2001年9月11日観測のASTER/VNIR)

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 フォールスカラーによるASTER画像は、鉱山を中心に18km四方程度を切出したものです。この画像は、光の三原色の赤にASTERバンド3(近赤外領域)を、緑にバンド2(可視光の赤色部)を、青にバンド1(可視光の緑色部)を割り当てて作成したものです。中央部の緑色に見えるところが、鉄鉱石を露天掘りにしている鉱山の部分です。鉄鉱石(赤鉄鉱や褐鉄鉱など)は、バンド1とバンド3の波長帯を吸収するため緑色に発色します。鉱山の周辺には、地層のきれいな縞模様が見えています。

画像-2 ハマスレー地域の衛星画像(2001年9月11日観測のASTER/VNIR)  

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 フォールスカラーによるASTER画像です。この画像では、鉱山の周囲を?の文字の形で囲むように緑から赤っぽく見えるところが、地層のなかに鉄鉱石がたくさん含まれているところと考えられます。地質図とのよい相関がみられます。

 

図-1 画像位置図

 列車が通りすぎるのに、何分待ったでしょうか。10分以上かかったような気がします。こんな状態だと、多くの人はいらいらするでしょう。ところが、不思議と待たされることへの不快感はありませんでした。列車が通り過ぎるのを、車を止め、ただただ見とれていたのです。

 これは、日本の開かずの踏み切りの話でもありませんし、私が特別に列車が好きでもありません。でも、この光景は一見の価値があると思います。

 この光景は、西オーストラリアのポートヘッドランドという港町から内陸へ向かう途中でのものです。港へ鉄鉱石を運ぶ列車が通りすぎるのを眺めていたのです。待っている車は、ただ一台。もちろんそれは私がのっている車です。機関車は、たった一両で、数え切れないほど連結された貨車を引いていました。ゆっくりとしたスピードなので、より長い時間がかかって通過するのでしょう。

 鉄鉱石は、内陸のピルバラ地域に分布する約25億年前の地層から露天掘りされています。鉱山の周辺には国立公園があり、鉄鉱石の地層のよく見える渓谷があります。平らな乾燥した平原に深く刻まれた渓谷に降りると、鉄鉱石をよく見ることができます。

 赤茶けた、綺麗な縞模様の地層が渓谷の壁面となっています。縞模様は、近づけば数ミリメートルほどの細かい縞模様が見え、離れれば大きなスケールの縞模様が見えてきます。このような縞模様があるため、鉄鉱石を含む地層は、縞状鉄鉱層とよばれています。

 縞模様は、鉄の多い部分と少ない部分からつくられています。鉄の多い部分が鉄鉱石となります。鉄鉱石は、鉄の酸化物(磁鉄鉱、赤鉄鉱、褐鉄鉱などの鉱物)を主とする岩石です。鉄の少ない部分は、石英を主とするチャートと呼ばれる岩石からできます。

 私が訪れた西オーストラリアのハマスレーは、見渡す限り縞状鉄鉱層の大地です。そんな地層から、露天掘りで鉄鉱石が掘られています。露天掘りされている鉱山は、宇宙からも見えるほど大規模なものです。鉄鉱石を構内で運ぶトラックも巨大で、タイヤだけでも、背丈を越える大きさです。大規模に掘り出された鉄鉱石が、先ほどの貨物列車で港まで運ばれていくのです。

 世界各地に縞状鉄鉱層がみつかっています。もちろんそこでは鉄鉱石が採掘されています。世界の縞状鉄鉱層も、ハマスレーのように大規模なものが多くあります。大規模な縞状鉄鉱層が形成された年代をみていくと、ほとんどが25億年前ころのもので、19億年前より新しい時代のものはなくなります。

 縞状鉄鉱層の形成年代の一致と、縞状鉄鉱層が、ある時以降突然なくなるということには、どんな意味があるのでしょうか。大規模な縞状鉄鉱層が世界各地にあることから、縞状鉄鉱層は、地球全体におよんだ現象によって形成されたと予想できます。

 その現象とはどんなものでしょうか。縞状鉄鉱層は地層ですから、堆積岩の仲間です。堆積岩は海底でたまったものです。鉄鉱石とは、海底に鉄がたまってできたことになります。鉄は、普通 、イオンの状態(Fe2+)では海水に溶けています。なんらかの原因で、より酸化されたイオン(Fe3+)になると、水酸化鉄(Fe(OH)3)となり沈殿します。沈殿した水酸化鉄は、長い時間のうち、脱水作用で酸化鉄へと変わっていきます。

 縞状鉄鉱層の形成とは、海水に溶けていた鉄イオンが、地球規模で酸化されたということを意味します。つまり、海水の大規模な酸化という事件が起こったのです。では、その酸化は、なぜおこったのでしょうか。それは、酸素をつくる生物が、このころから海に大量に生まれたのではないかと考えられています。酸素をつくる生物とは、光合成をする生物のことです。

 縞状鉄鉱層形成のシナリオは次のように考えられています。

 30億年前あるいはもっと以前に生まれた光合成をおこなう生物(シアノバクテリア)が、25億年前ころに大量発生します。酸素のない海では、鉄がイオンとして溶けていました。それが、酸素が供給されることによって、鉄イオンが酸化され、沈殿していきます。光合成生物の活動している季節には酸素が海水中に増え鉄が沈殿し、活動が衰えた季節(あるいは昼夜)には鉄が沈殿せず通常の海底の堆積物(チャート)が沈殿します。このような季節による生物活動の変化が、縞模様をつくっていきます。

 海水中の鉄イオンの大部分が使われてしまうと、酸素と鉄イオンとの濃度がつりあい(平衡になり)ます。海水中の鉄がなくなると、やがて酸素は大気中へと付け加わることとなります。

 大規模な縞状鉄鉱層は、地球の酸素形成という事件の証拠だったのです。生物によって酸素が急激に形成されたおかげで、海で「鉄の晴れ上がり」がおこり、鉄が25億年前の地層に濃集しました。そのおかげて私達は鉄を資源として利用できるのです。

 もしこの酸素形成が急激でなければ、鉄は濃集していなかったはずです。濃集してなければ、鉄は集めにくい資源、貴重な資源となっていたはずです。現代文明は鉄に支えられているのですが、鉄が少ししかない貴重な資源となっていれば全く違った文明となっていたかもしれません。あるいは、まだ鉄器時代はきておらず、石器時代や青銅器時代であったかもしれません。

 

2003年4月1日

小出良幸

 

写真-1 鉄鉱石を運ぶ長い列車

一台の機関車によって引っ張られる貨物の数は数え切れないほどのものです。ゆっくり走るせいか、踏切を通過する時間がやたら長くかかります。鉱山から港へ、定期的に鉄鉱石が運ばれます。この列車によって運ばれた鉄鉱石は、日本にも届けられます。

写真-2 鉄鉱石の露天掘り

露天掘りの鉱山は、予想していたよりはるかに大規模で、広大でした。そして、掘り起こされた鉄鉱石は資源として世界各地に運ばれますが、鉱石として利用できないものは、埋め戻され、もとあったように大地を復元するということもされています。鉱山も環境に配慮した採掘がなされています。

写真-3 縞状鉄鉱層の渓谷

乾燥した赤い大地に刻まれた大地には、かろうじて水が残っていました。そこは、砂漠のオアシスのように潤ったところとなっています。そして今の姿からは想像できないのですが、水が流れ、縞状鉄鉱層を刻む時があったことは、この深く侵食された渓谷が物語ります。壁面は、縞模様がきれいにみえる縞状鉄鉱層の地層からできています。

 

写真-4 縞状鉄鉱層の渓谷の地層

地層に近づいてみると、縞模様がよく見えます。そんな縞模様をみていると、不思議と似たような繰り返しがありますが、よくよく見ると同じものはふたつとしてありません。

 

写真-5 縞状鉄鉱層の顕微鏡写真

縞状鉄鉱層を顕微鏡で拡大しても、縞模様が見えます。黒い粒が見える酸化鉄の鉱物の多い層と、白く透明な粒からできたチャートの層が繰り返していることがわかります。

 

 

画像-1〜2についてはJSSに、写真-1〜5および文章に関しては札幌学院大学小出良幸に著作権(所有権)が帰属いたします。転用等の際はJSSの許可が必要です。

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